大判例

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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3779号 判決 1957年3月28日

原告 大紀鉱業株式会社

被告 中央紙業株式会社

主文

1  被告は原告に対し、一五万円及びこれに対する昭和二九年二月一五日以降完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

4  被告が一〇万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる

事実

1、原告は主文第一、第二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因及び被告の抗弁に対する反対主張をそれぞれ別紙中の当該各記載のとおり述べた。

2、被告は、別紙中の被告の答弁に記載のとおり答弁及び抗弁を述べた。

立証

1、原告は甲第一号証の一ないし三を提出し、乙各号証の成立を認めた。

2、被告は乙第一、第二号証を提出し、証人中沢忠男の証言を援用し甲第一号証の一、三の各成立、同号証の二のうち裏書部分の成立を認め、同号証の二のうち他の裏書部分は不知と述べた。

理由

1  被告が原告主張の約束手形を振り出したことは当事者間に争がなく、右争のない事実、被告が成立を認める甲第一号証の一、三及び同号証の二のうち第一裏書の部分、原告が現に右手形を所持して右甲号証として提出している事実を綜合すれば、原告のその余の請求原因事実全部を認めることができる。

2  そこで、被告の抗弁についてまず、その主張の事実関係の有無について検討するのに、成立に争のない乙第一、第二号証及び証人中沢忠男の証言によれば、右約束手形の振出当時訴外中沢忠男は被告会社の代表取締役で同時に訴外株式会社三英洋紙店の取締役であつたこと、訴外城内勝は被告会社及び右訴外会社双方の代表取締役(訴外会社の代表取締役は右訴外人のみ。)であつたこと、前記約束手形は、被告会社の代表取締役中沢忠男によつて右訴外会社から仕入れるべき商品代金の前渡としてか或は、被告会社から訴外会社に対する資金の融通のためか、そのいずれかの目的で振り出され、訴外城内勝は訴外会社の代表取締役として同会社のためにこれを取得したものであること、同約束手形の振出については被告会社の取締役会の承認がなされていないこと等を認めることができる。

3  以上認定の事実関係は商法第二六五条に規定する取締役が第三者のために取引をする場合に該当し、法条の趣旨は、右取引に当る被告会社の本件約束手形の振出を(その原因関係を含めて)無効とするものというべきである。

手形行為はいわゆる無因行為であるから、右法条にいう取引行為に当らないという議論もあるが、少くとも約束手形の振出及びその取得はそれ自体債務を負担し、債権を取得する行為であるから、これを一般の取引と別にし、右法条の適用から除外する理由はないと考える。

4  しかし、右の無効は、絶対的なものではなく、右手形を裏書によつて取得した前記直接当事者外の原告については、その無効の効果は当然には及ばないと解する。すなわち、商法第二六五条の解釈についてはこれまた、いろいろな議論のあるところあるか、同法条では、同条に定める取締役会の承認を得ない行為を無効とする旨を直接規定していないのに、これを無効と解釈するのは、そのように解釈しなければ、取締役の専断で取締役または第三者の利益のために会社が損害を蒙ることになるかも知れず、引いて会社の財産を危くし、広く会社の債権者等第三者にまで損害を与えることになるかも知れないことを考慮してのことであるから、この理由からすれば本件の場合のように、前記事情によつて振り出され、取得された手形をさらに裏書によつて取得した原告が、若し、右振出会社の内部事情を知らず、そのことに善意無過失であるとすれば、会社債権者等の利益を犠牲にしてもそのような原告の利益が保護されて然るべきであると考えられるからである。いゝかえれば、取締役が取締役会の承認を得ないでした第三者のためにする会社との取引行為については、その無効を以つて善意かつ無過失の第三者に対し、対抗し得ないものと解釈すべきである。

5  ところで右取締役会の承認を必要とする場合及び同承認のない場合は稀にしかないことであり、少くとも手形に関しては手形抗弁との均こう上も訴訟上で第三者がそのことを知りまたは知らないことに過失があることを主張する者においてこれを立証すべきであると解すべきところ、本件の場合は、被告は原告が前記認定の事実について善意ではなく、過失があつたことの立証をしないばかりか前出の甲第一号証の一、二の手形上は右事実の存在を疑はしめる何の記載もないので、特別の事情の立証もない本件では原告に前記のとおり転々と裏書を経た前出行為について前記事実の調査を期待するのは無理であり、原告は前記事実について善意無過失であつたものと推測される。

6  以上のとおりであるから、被告の抗弁はこれを失当として排斥するのを相当と認め、原告の請求原因事実によれば他の判断をするまでもなくその請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

請求の原因

一、被告は昭和二十八年十二月一日訴外株式会社三英洋紙店にあて金額金十五万円、支払地及び振出地東京都中央区、支払場所株式会社第一銀行兜町支店、満期昭和二十九年二月十五日、の約束手形一通を振出した。

二、右訴外会社は本件手形を訴外新陽製紙株式会社に裏書譲渡し、同社はさらにこれを原告に裏書譲渡した。

三、原告はその後右手形を訴外下石炭礦株式会社に裏書譲渡し、同社はさらにこれを訴外土岐津信用金庫に裏書譲渡した。

四、右信用金庫では右手形を訴外株式会社東海銀行に取立委任のため裏書し、同銀行は支払期日に支払場所にこれを呈示したが、その支払を拒絶せられた。

五、その後、本件手形は株式会社東海銀行より土岐津信用金庫に、さらに同金庫より下石炭礦株式会社に、同社より原告に受戻されそれぞれ再譲渡されて現に原告が本件手形の所持人である。

六、よつて、原告は被告に対し本件約束手形にもとずき、手形金額金十五万円及びこれに対する支払期日である昭和二十九年二月十五日以降完済に至るまで年六分の割合による法定利息の支払を受けるため、本訴請求に及ぶ次第である。

被告の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めます。

請求の原因に対する答弁

訴状請求原因記載の事実中

第一項の事実は認める

第二項乃至第五項の事実は知らない

第六項の主張は争う

被告の主張

一、本件手形振出当時、被告会社の代表取締役は中沢忠男、城内勝の両名であり、同時に右両名は訴外株式会社三英洋紙店(以下訴外会社という)の取締役で城内勝は代表取締役であつた。

二、そこで、被告会社の代表取締役たる中沢忠男が本件手形を振出し、他面城内勝は訴外会社の代表取締役として同会社のため本件手形を被告会社から交付を受け、城内勝は訴外会社のために本件手形取引をしたのである。

三、してみれば、右行為は取締役が第三者のために会社と取引を為す場合に該当し、取締役会の承認を必要とすることは商法第二六五条に明定するところである。

四、しかるに本件手形振出に当つては被告会社は勿論、訴外会社もその取締役会の承認を与えた事実がないから右行為は前記法条に反し無効にして従つて手形振出行為のみならず手形債務負担行為も亦無効である。しかもその無効は手形所持人が善意であると悪意であるとを問はずこれに対抗することができるものであるから被告会社は本件手形金を支払う義務はない。よつて、原告の本訴請求は失当である。(大審院大正十二年(オ)第一八六号同年七月十一日判決、民集二巻四七七頁以下、御庁昭和二十七年(ワ)第八六六六号同三十年十月二十一日判決、下級裁判所民事裁判例集第六巻十号二二一一頁参照)

被告の抗弁に対する原告の反対主張

一、被告主張の、本件手形振出当時、中沢忠男氏が訴外株式会社三英洋紙店の取締役であつたとの点、並びに、城内勝氏が被告会社及び訴外会社の代表取締役であつたとの点はいずれも不知。

二、被告は、被告会社の代表取締役である城内勝氏が第三者である訴外会社の代表取締役として被告会社と手形取引したものであり、取締役会の承認を得ていないから商法第二六五条に違反し、その行為は無効である、と主張する。

しかし、原告はそのようには考えない。

三、商法第二六五条にいう「取引」とは手形行為をも含み、その違反の行為は無効である、というのが従来の判例のようである。

しかし、この判例の態度は有力な学説によつて強く反対されている。

四、商法第二六五条違反の行為の効力については説が分れている。無効説も多いが、無権代理説があり、さらに有効説も有力である。

五、東京地裁昭和三〇年七月一九日の判決(昭和二七年(ワ)第五一九七号、下級民集六巻七号一七七事件一四九五頁)は、会社から取締役への手形の譲渡につき取締役会の承認を得ていなくとも、第三取得者がこれを知らず、又は知らざることにつき重大な過失がなければ、会社は手形上の責任を免れ得ない。としている。注目すべき判例である。

六、手形取引にも取締役会の承認を要するとすることは、実際上は手形の流通に非常な不便と危険を与えることになる。会社と取締役の直接当事者間の取引の効力を否認することは別として、第三者がそのために迷惑を蒙ることは絶対に許されない。

本件手形においても、振出人たる被告会社の代表取締役として中沢氏が署名し、さらに裏書人たる訴外会社の代表取締役として城内氏が署名しているのであつて、かかる手形を更に第三者の手形を経て取得した原告は、振出人と受取人との間に取締役の自己取引などがあろうなどはついぞ考えたこともない。手形面からはもとよりそのようなことは窺知できないし、手形関係者にそのような関係があるか否かを調査すべき義務もない。

かような場合の危険を手形の善意の取得者に負担せしめることは、全く不合理である。かかる危険は会社が負担すべきである。

七、昭和二十五年の改正以前の商法では、取締役、会社間の取引には監査役の承認を要することとなつていたのであるが、改正により取締役会の承認を要することとなつた。実際取引界においては、改正前は、手形面に監査役が承認の旨を記載して押印することによつてなされていた。

当時はそれで十分であつた。しかし改正後においては事情がことなる。取締役会の決議があつたことが証明されなくてはならない。代表取締役のその旨の記載と押印だけでは、果して決議があつたかどうか疑はれる場合も多い。慎重を期するためには取締役全員の押印をもとらなければならなくなる。しかも、取締役会は現実に開催されなければならず、書類の持廻りによる決議は不適法とされているのであるから、場合によつては取締役会の議事録をも必要とすることになる。手形がかかる書類とともに流通しなければならないということは、全く奇妙極まりないことである。

かかる改正があつた後も、判例が従来の見解を改めないというのは、正しい態度ではあるまい。

八、もし本件の場合会社、取締役間の手形取引につき取締役会の承認がないため手形振出が無効であり、善意の第三者である原告に対しても被告が手形債務を負わないとすれば、かかる手形を振出して流通におき善意の手形取得者をして損害を蒙らしめたのは、被告会社の取締役の違法行為の結果であり、会社が原告に対しその損害を賠償すべきものである。

すなわち

(イ) 城内勝氏が代表取締役たる訴外会社に対し被告会社が手形を振出すためには、取締役会の承認を得べきにも拘らず、被告会社の代表取締役中沢忠男氏はその承認を得ないまま訴外会社にあてて手形を振出した。

(ロ) 城内氏はこの手形を訴外会社の代表取締役としてこれを訴外新陽製紙株式会社に裏書譲渡して流通においた。

(ハ) 原告はこのようなことは知らないまま訴外新陽製紙から手形の裏書譲渡を受けた。

一旦手形を振出せば、それが流通におかれることは当然のことであり、被告会社代表取締役たる中沢氏は商法第二六五条に反して手形を振出し、被告会社取締役たる城内氏は同条に反して手形の交付を受け、さらにこれを第三者に裏書して流通においた。すなわち、無効手形を振出しこれを流通においたものであつて、原告の損害はこの違反行為の結果であり、因果関係は十分である。

而して、右の違法行為はいずれも被告会社の機関たる取締役の行為であり、損害を賠償すべき責任は被告会社が負担する。原告の損害は、手形金元金及び満期後の法定利息であつて、被告会社はその全額につき賠償の責を負う。

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